【実話怪談】全戸空室!死の階段~府内公団住宅(1980年代)

昭和京都の怪談綴りによる奇妙な出来事の起きる公団住宅か団地のような場所と映りこんだ心霊

古都、京都。


名の知れた市街地のみならず、郊外や山奥に至るまで歴史を分けた出来事のあった有名無名の様々な歴史的建造物があります。
それだけに、土地に関する「いわく」の類いの話も無数に存在しており、京都は都市伝説も多いというわけです。
これはその無数にあった「いわく付き」だと言われる場所で起きた怖い話の1つを、順を追って書き綴ってみます。

1.例の十字路

夏休みのある日。

近所に住む、2つ歳上のコウちゃんが遊びに誘いに来ました。
遊びたかったのですが、宿題に追われていたので断りました。

コウちゃんはそのまま自転車でどこかへ行きました。

お昼過ぎ、いつもは子供の遊ぶ声が響く穏やかな地域ですが、なんだか騒がしい。
暫くして、救急車の音がします。

慌てて家を飛び出て見に行くと、「例の十字路」に人だかりが出来てました。
道端に置いてあるぐちゃぐちゃになった自転車は、コウちゃんの物でした。

この十字路は、交通量はかなり少ないのですが、事故が多く、コウちゃんもその被害者になったわけです。
コウちゃんは救急車で運ばれて、大事には至らなかったのですが、、謎はここからです。

2. 謎の儀式

その事故の翌日、スーツを来た人達や神主さんが十字路に集まってます。
住民が見守る中で、神主さんは結界のような物を作ってました。
小学生の私でも、お祓いをしているのは分かりました。

その当時、大人たちには「事故が多いからお祓いした」と聞いて、当然それを言葉のまま信じていたわけです。
しかし、仮に事故が多いからお祓いをしたとしても、市政がそんなオカルトチックな出資をするのか、よくよく考えると現実的ではありません。

しかし、お祓いに立ち会っていたスーツの人達は、確かに市のロゴが入った車に乗っていたのです。
後に大人になってから、私もこの話の顛末を知っていく事になります。

 

3.死の階段

まず、この十字路の角が丘になっており、その上に五階建ての団地の棟があります。

昭和京都の怪談綴りによる呪われた公団住宅か団地のような風景





ここの団地の作りは、1つの棟に階段が複数あり、この棟の端の階段、事故のあった十字路側の階段ですが、実はこの階段がお話の主題となります。

約10年の間にこの階段を使用している部屋だけで、なんと合計7人の方が亡くなられました。
これは町でも有名な話なので、おそらくは今でも尾びれが付いて語られているかもしれません。
その7人の方達は全て近所の家族ですので、直接の知り合いで、この中には私の幼馴染みの女の子も入っております。

ある日の夕方、私は彼女と遊んでました。
元気で体力もある明るい女の子で、公園で走り回ってました。

翌日、彼女が亡くなったと知らされます。
死因は、入浴中の心不全だそうです。

この階段に住む家族で亡くなった方はみんな心不全だった、と聞いておりますが、これは正確な話であるかは定かではありません。
ただ、私が中学生になる頃には、この階段の家族は全て引っ越されています。
実際、入居している家族はゼロ件となりました。

郵便桶にある名札を見ると、全て会社事務所の入居だけになっていたのは、おそらくは当時としての事故物件的な扱いになり、格安だったという所かと考えております。

さて、これは一体なにが起きていたのか。
  

4.呪われた土地

私は高校生になってから、それを知る時がきました。

件の十字路に隣接して、いくつかの商店があります。
そのお店の1つでバイトしていた時に、店主とその話になりました。

店主の話によりますと、その昔この十字路は「首塚」だったそうです。
歴史的な衝突が特にたくさんあった京都には、その外れや周囲に点在した人間大量処理場。

怖い話ですが、いわゆる死刑場からの事後処理ということになります。
死者の首を弔った、とはするものの、いわゆる晒し首を行ってからの弔いということです。

首塚があったから、無念や怨念といった残留思念などにより、不幸な事が起きるのか?
単純に全てをそう考えるのは、正直私の見解と致しましても、ちょっと早計ではないかとは思っております。

しかし、今回お話した私の実話怪談は

私が見聞してきた物を坦々と記載しただけ

だと言うことを付け加えさせて頂きます

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